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カテゴリ:ちょっとしみじみ考えた②
  • これが人間
    [ 2010-02-04 13:39 ]
  • 分かれ道での選択肢
    [ 2008-09-06 09:12 ]
  • 「知識」と「知恵」
    [ 2007-11-28 22:46 ]
  • 入院した時考えた①
    [ 2005-06-30 23:02 ]
  • 頭がカタクなる瞬間
    [ 2005-04-07 21:10 ]
  • 初めて見た笑顔
    [ 2005-03-20 21:47 ]
  • 自分だけの銀行
    [ 2005-03-20 21:43 ]
これが人間
これから新しい命が生まれ出でようとするときに、何かしらの問題があって
「もしかしたら命の危険があるかもしれない」と先生に言われたとしたら
「せめてこの子の命だけは」と心から願うだろう。

命の危険はなくなったけれど、「もしかしたら重い障害が残る可能性が高いです」
と言われたとしたら、「せめて五体満足で」と心から願うだろう。

生まれた後に、残った障害が、視覚障害と聴覚障害だったとしたら
「せめて障害がどちらか1つであったなら」と心から考えるだろう。

そこで、もし聴覚障害だけだったとしても、「せめて難聴であったなら」と考えるだろうし
もし、障害もなく、健康で生まれてきたとしても、かんしゃく持ちで全く言う事を聞いてくれない事が
多かったとしたら、「もっとおとなしい子であれば…」と考えてしまうだろう。

残念な事だけど、これが人間。
どこが基準で、どれが正しくて、どんな考えが卑しいのか。
考えても、考えても答えはきっと出ないであろう。

残念だけど、これが人間。

生きているだけで。
笑えるだけで。
走れるだけで。
聞き分けが良いだけで。

基準なんてなくって、正しい事なんてなくって、卑しい考えなんてないけれど
たまに、自分から一歩引いて見てみるのが大切な事。

そうやって意識しないと、自分自身の事は客観的に見れない。

残念だけど、これも人間だから。

by kkko-ta | 2010-02-04 13:39 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(0)
分かれ道での選択肢
「どっちへ進もう?」
長い人生の中には、そんな悩みを持つ瞬間が一度や二度ではない。

今まで、自分が悩んだ時には1つの判断基準を持っていた。
それは、「多分そっちの道に行ったらこっちに行くよりもツライだろうな…じゃあツライ方を目指そう!」という判断基準。
悩んだ時には、ツライ方を選べば大概が上手くいく事が多いって事を、身をもって体験しての判断基準だった。

だけど、結婚して、子供が出来て。
自分一人で生きているわけじゃなくなってくると、その判断基準だけではちょっと選択が難しい場面も目立つようになってきた。
自分の基本にあるのがその考えである事は変わらないんだけど、それともう1つの判断基準が加わった。
「じゃあ、オレがこの道を選んだとしたら、あの人にとってはどうなんだろう?」
今は、その二つを上手く融合させながら、選択するようにしている。

自分がツライ思いをするのは問題ないけど、自分がそれを選んだばっかりに相手もツライ思いをするのは、ちょっと本末転倒だと感じる。
自分がツライ思いをしても、家族にはツライ思いをして欲しくないっていうのがぶっちゃけ正直な気持ちだ。
ちょっと欲張りなような気もするけど…。

結婚すると…。
子供ができると…。
立場が変われば…。
そんな事を言い訳にしたくないし、自分に正直に生きていきたいな、といつも考えている。
選択肢が増えた事は、自分にとっては「成長」だと思うし、二つの選択肢を融合させるなんて並みの男じゃできないぜ!
っていう気持ちをいつも忘れずに、これからもやっていきたい。
by kkko-ta | 2008-09-06 09:12 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(2)
「知識」と「知恵」
「ティスさん」という方からのコメントに、こんなコトバがありました。

「最近の若い人達は、知識はあるけど、知恵がない人が多い」



「知識」と「知恵」。

分かるようで分からないこの2つのコトバの意味を調べてみると
知識っていうのは「知ること」っていう事。

認識して、理解して。

それが「知識」という事らしい。



反対に、知恵を調べてみると
「物事の道理を判断し処理していく心の働き」って書いてある。



知識は頭。
知恵は心。


知識がついて、知恵に繋がるのか。
知識がなくとも、知恵に繋がるのか。


ちょっとややこしくなりそうだけど、多分答えはけっこうシンプル。



知識でできるのは、「評論」。
そして、知恵でできるのは「実践」。


ちょっとぐらい頭良ければ、いくらでもそれらしい事言えるんだけど
「じゃあ逆にやってみれば?」って事になると、それはそれで「できない理由」がたくさん出てくる。


「そっかー…。そんな理由があるんなら、できなくてもしょうがないねー…」

って思うは思うけど、きっとそのままだと、ずっと評論から抜け出せないんだろうね。



人から色々評論をされるけど、ずっと自分は実践していける人間になりたいな。
by kkko-ta | 2007-11-28 22:46 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(2)
入院した時考えた①
何年か前、オレは病気になって、入院した。
その時、なんでかわかんないけど、本当にたくさんの人が病院にお見舞いにきてくれた。
オレってこんなに友達いたんだ!?って思うぐらい、色んな人がきてくれた。
嬉しかった。単純にみんなが来てくれると、それが力になっていくような気がした。

隣のベッドには、どっかの会社のお偉いさんが入院していた。
その人にも、お見舞いにたくさんの人が来ていた。
毎日、色んな人が来て、へこへこして帰っていった。
ある時、その人がオレにこう言った。
「君は幸せ者だね。本気で心配してくれる人がいっぱいいて。」
オレは、はじめ意味がわかんなかった。
なんでだろう?この人にも、毎日いっぱいの人がお見舞いにきてくれてるのに。
その人は、その後こんなことを言った。
「私はさ、自分が本当に困った時に、力になってくれる人が何人いるか、こういうことが大切なんだと思うよ。私なんて、君みたいに、本気で心配してお見舞いに来てくれる人なんていないよ。みんな仕事での付き合いの人ばっかりだし。」
 
自分が本当に困った時に、力になってくれる人が何人いるか。
 
人が、損得の考え方から離れたとき。その時に、どれだけの人が助けてくれるのか。
お金持ちとか、社長とか、有名人だとか。
そんなことは関係なく、力を貸してくれる人が何人いるか。
こういうことが、大切なんだと思う。
そういうつながりを、これからもいっぱい作っていきたいな、って思う。

今、オレがまた入院したら、いったい何人の人が、本気で心配してくれるのかな?
オレになんかあった時、何人の人が力を貸してくれるのかな?

まぁ、もう入院はごめんだけど。
by kkko-ta | 2005-06-30 23:02 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(8)
頭がカタクなる瞬間
「5分間で出来る事を紙に書いて下さい。制限時間は15分です。」
こんなテスト問題見た事あります?
普通はないよね。
だけどね、実際にこんなテストがあるんです。
なんのテストかっていうと、「頭のカタサをはかるテスト」。
15分間で何個書けるか?書いた数がそのまま点数になります。
いやいや、冗談じゃなくって、くそマジメに。

この先を読む前に、ちょっとマジになってやってみて下さい。
冗談半分じゃあ意味ないですので、真っ白な紙に集中して…。


どうでした?
本を何ページか読む、ジュースを買う、TVを見る、コーヒーを飲む、CDを聞く
ビデオを巻き戻す、買い物をする…
こうやって、何個も何個も書いた人いるんじゃないです?

ただね、これをくそマジメに考えていくと大変ですから、もっと楽をしましょう。
コンビ二で本を買う、シャンプーを買う、ジュースを買う…。

ずいぶん細かくなったけど、もっと細かくいきますか?

ペプシコーラを買う、コカコーラを買う、ファンタを買う、牛乳を買う…。
こうやってくといくらでも出てくるでしょ?

今までこんな考え方をした事のないあなた。
こんな考え方をすると、すぅっと気持ちがラクになります。

ちなみにボクはかなり頭を悩ませました…。
カタクなった瞬間に気付いた今日この頃でした。

次は高得点を目指します!
あなたはどうでしたか?
by kkko-ta | 2005-04-07 21:10 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(0)
初めて見た笑顔
カンボジアには、物売りの人がたくさんいた。
その中には子供もたくさんいて、大人に混じって物を売っていた。
男の子も、女の子も。中には、本当に4~5歳ぐらいに見える子もいた。
 
その子達は、カタコトの日本語でこう言ってきた。
「オニーサーン。ヤスイヨー。オニーサーン。」
いらない。と示してもとにかくしつこく後についてきた。
しつこく。本当にかわいそうになってしまうぐらいに、しつこかった。
 
オレは、そんな状況にちょっと疲れてしまっていた。
そんな時ある川原に行った。そこには地元の子供達が水遊びをしていた。
橋から飛び降りる子。水の中ではしゃぐ子。
そんな子達を橋の上から見て、大笑いしている子。

でも、オレの横には、ずっとついて来た物売りの子供達がいた。

遊んでる子供達は、本当に楽しそうな子供の眼をしていた。
でも、オレの横で機械のようにしゃべりかけてくる子供達の眼は
ちょっと違かった。
その子達の目は、オレの顔も、遊んでる子供も、なんにも見ていなかった。
ただ、ずーっと同じ言葉を繰り返すだけ。
どこかを見つめながら、ただひたすらに。

耐え切れなかった。
オレは、その子の肩をたたいて、こう示した。
「お前も、飛び込めよ。」

その子は、きょとんとした顔で俺のことを見た。
その後、なんともいえない笑顔をして、走り去ってしまった。
なんともいえない笑顔。
うれしいとか、照れてるとか、苦笑いとか、愛想笑いとか。
そんなんじゃなかった。

なんていうか、オレが、始めてみる笑顔。
上手く説明できないけど。なんか傷つけちゃったような、罪悪感を覚えた。
あの顔は、忘れない。
by kkko-ta | 2005-03-20 21:47 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(0)
自分だけの銀行
「今まで」の人生を思い返してみると
けっこう色んなことをやってきたな、って思う。
それだけを見てみると、あんまり共通点がないような気もするし
なんだか好き勝手やってきたような気もするし…。
でも、実はそんなことないってこと、最近気がついた。

オレは、人にはそれぞれ「自分だけの銀行」ってやつを持ってると思う。
そこには、お金は貯金できない。利子もつかなければ、カードも、通帳もない。
じゃあ、なにを貯めるのかって?

そんなの簡単。自分自身の「今まで」。

「今まで」ってことは、今、この瞬間もどんどん貯められていってるってこと。
自分にとって、でかいこととか、小さいこととか、そんなこと関係なく次から次へと貯められていく…そんな銀行、人はきっと持ってるんだと思う。

だけど、一つ問題があって
貯めるのは簡単だけど、引き出すのはちょっと大変。
方法はただ一つ、いつもきちんと整理しておくこと。
ただなんとなく貯めていっても、どこに何があるのか、わかんなくなる。
でも、整理することばっかり気にしてても
つまんないことばっかりが貯まっちゃう…。

だけど、うまく引き出すことができたなら
それはあなたにとっての一番の力になる。
これまで感じたこと、考えたこと、悔しかったこと、嬉しかったこと。
そんなことの一つ一つが、あなたにとっての力になる。

最近、引き出してますか?

学校のこと、友達のこと、自分が大好きだった人のこと。
家族のこと、バイトのこと、大嫌いだったやつのこと…。

久しぶりに、引き出してみませんか?
スバラシイものを、引き出せなくなってしまう前に。

by kkko-ta | 2005-03-20 21:43 | ちょっとしみじみ考えた② | Trackback | Comments(0)